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ウズベキスタン・トルクメニスタン特集 ウズベキスタン国旗トルクメニスタン国旗

 

 

◆ハートフルのスタッフが様々な場所からのちょっとしたおすすめ情報をお知らせします。昨年秋(2019年11月)にウズベキスタン・トルクメニスタンへ視察旅行にいったスタッフからのレポートです。◆

ウズベキスタン・トルクメニスタン特集!!

中央アジアの秘境・トルクメニスタンとウズベキスタンの世界遺産の街を訪ねる以下の弊社人気ツアーの日程に沿って、2ヶ国を視察してまいりました!
≪全送迎・朝食付≫驚異の絶景・炎の「地獄の門」とヒワ・ブハラ・サマルカンド・クフナウルゲンチ☆4つの世界遺産を訪ねる☆ウズベキスタン&トルクメニスタン中央アジア2ヶ国周遊9日間♪≪専任ガイド同行≫ (コースコード TASTURJS2KE9)
出発は11月上旬、中央アジアには例年よりも早い冬の訪れが・・・

     
  • <1日目>

    飛行機の席は、仕事柄いつもは通路側を取るのですが、今回珍しく窓側の席を取りました。
    おかげで美しい富士山を見下ろすことができました。
    機内から見えた富士山

    乗り継ぎの仁川空港は約3年振りでしたが、大韓航空専用の新しい第2ターミナルは初めてでした。このターミナルはとても広くて機能的で休憩スペースもあり快適でした。
    3時間後、タシケントへ向け出発。離陸後1時間で機内食が出て、着陸1時間半前におにぎり、ピザなどの軽食が配られました。
    タシケントの入国手続きは現在パスポートを提示するだけ。以前のような税関申告書も必要なくなりました。
    空港ビルを出ると、客引きのタクシーの運ちゃんがたくさん待ち構えていました。そんな連中をかき分けると、ボードを持って迎えに来ている人たちが並んでいて、すぐに私たちの名前のボードを持ったガイドさんが見つかりました。
    ガイドさんの名前はゴリブさん、若い男性のガイドさんで日本語堪能。聞けば筑波大に1年留学していたそうです。
    空港から今日の泊まりのウズベキスタンホテルまでは15分ぐらい。チェックインの際、レジストレーションカードを記入し、パスポートは預けます。
    さてこのウズベキスタンホテル、立地は良く部屋もとても広いが、さすがは旧ソ連時代のホテル、水回りは良くないのが玉に瑕。

    ウズベキスタンホテル
    さて夜、ようやくホテルの部屋に入ると小腹が空いてきました。それもそのはず、日本時間の深夜1時でした。
    ホテルに聞いて訪れたのが最上階のレストランバー、ここは遅くまで営業しています。ただしこの最上階、行き方が複雑で、まずエレベーターを14階で降り、降りてすぐ横の階段から最上階16階に上がらなければなりません。
    ティムール広場を見下ろす位置で、夜景がきれいでした。
    ティムール広場
         

  • <2日目>

    早朝5時半(と言っても日本時間の10時半)、空港へ向けて出発。ウルゲンチ行きの国内線は満席。日本人観光客の姿もちらほら。
    空港でプリペイドsimを購入、5GBで10ドルでした。(ウズベキスタンホテルにもプリペイドsimのカウンターはあったが、日中しか営業していません。)
    プリペイドSIM
         

    ウルゲンチには1時間強で到着。
    日本よりもひと月早く冬に向かっている感じのウズベキスタンですが、ウルゲンチはタシケントよりもさらに寒かったです。
    ウルゲンチ航空 ウルゲンチ航空
         

    専用車で綿花畑の中をヒワへ向かいました。
    綿花畑 綿花畑
         

    1時間弱でヒワに到着後、旧市街の中に位置する今日の泊まりの「アルカンチホテル」に荷物を降ろし、さっそく世界遺産の街・ヒワの観光に歩いて出かけました。 日干し煉瓦で作られたイチャン・カラ(内城)。
    イチャン・カラ

    「ムハンマド・アミン・ハーン廟」
    ムハンマド・アミン・ハーン廟

    「カリタ・ミナル」
    カリタ・ミナル

    「ジュマ・モスク」
    ジュマ・モスク

    「イスラム・ホッジャ・メドレセとミナレット」
    イスラム・ホッジャ・メドレセとミナレット

    ミナレットからの風景 
    ヒワ

    日本人観光客の姿もちらほら見かけましたが、みなさん女性で、買い物目当てで歩いているようでした。 
    買い物風景

    日本語で「ほんや」の看板
    本屋 買い物風景

  • <3日目>

    朝8時、日の出が7時半なのでまだうす暗い中、ホテルを出発。
    今日は今回の旅のハイライトのひとつ、国境越えと地獄の門です。
    国境までは30分で着きました。ここでガイドのゴリブさんとはいったんお別れです。ここから国境を越えるまではガイドさんはいません。
    ここから先、写真撮影も不可

    トルクメニスタンとの国境
    まずウズベキスタン側の国境事務所で出国手続きです。しかし前に中国人の団体が入ってしまい、しばらく順番待ち。彼らは係員にいちいち大声で「サイチェン!」と言うのでまいりました。
    事務所を出て国境の緩衝地帯を移動するためのシャトルバスを待ちます。寒風吹きすさび綿毛が舞い、おまけに雨も降り出しました。そんな中、いつ来るかわからぬバスをみな待っています。先ほどの中国人の団体と挨拶をしてわかったシンガポール人のご夫婦以外は、ウズベキスタンに買い出しに来たトルクメニスタン人のようでした。
    30分待った頃、ようやくバスが来ました。恐らく旧ソ連製の相当古くてボロいバスでした。そこからよくもこれだけ乗せたというほどの夥しい人が降りてきました。中型のバスでしたが、60人は乗っていたのではないでしょうか。今日は日曜日なのでトルクメニスタン人が日帰りでウズベキスタンへ買い出しに行くのだと推測しました。さて乗り込む段になると観光客が優先らしく、私が呼ばれて一番に乗り込みました。一番奥の席に座ると、私たちの目の前にスーツケースが積まれていきました。そんな観光客の後、地元民が立錐の余地なしに詰め込まれます。
    バスはゆっくり動き出し、1kmほど走るとトルクメニスタン側の事務所に到着しました。降りる前に係員が観光客にのみ集金に来るので、各自1ドル支払います。荷物のこともありますが、この外貨獲得ゆえに観光客が優先なのだろうと納得。
    事務所に入ると税関申告書が配られます。トルクメニスタン語なので全くちんぷんかんぷんでしたが、英語のできる係員がいて教えてもらいました。それでも私が悪戦苦闘していると、先ほどのシンガポール人夫婦が英語バージョンを持っていて見せてくれたので助かりました。
    さて入国とビザの手続きですが、ここでも外国人観光客が優先でカウンターに並びます。しかしまたしても中国人の団体に先んじられました。彼らのガイドはすでに待機していたのですが、私のガイドは見当たらず、その差のようでした。ようやく順番が来ましたが、「お前たちのガイドはどこにいるんだ」と言うので確認書のガイド名と電話番号を見せると、係員がすぐに電話を掛けてくれました。次に後から追い付いた2人の日本人女性がやはりガイド名を聞かれていたがわからないらしく、係員から「カウンターから離れて待つように言って欲しい」と言われその旨伝えしばらくして、ようやくガイドのヤナさん登場。背の高いきれいな女性でした。(後で聞いたところによるとハンドボールのオリンピック選手だったとか。)
    彼女は2人の日本人女性のガイドでもあるらしく、まず先にそちらのフォロー。英語の問題で私も一緒にフォロー。そんなわけで私が最後に残り、ようやくビザの取得手続き。ビザ代はイミグレーションフィーを含めて46ドルでした。

     

    無事トルクメニスタンに入国し、出発したのが11時半、つまり国境通過に3時間ほど掛かりました。
    まずは一路、世界遺産クフナウルゲンチへ向かいます。およそ1時間半で到着、まずは昼食です。暖かいプロフとヌードルスープをおいしくいただきました。 中央アジアの食事は野菜がたっぷり!
    中央アジアの食事


    そして寒風吹きすさぶ中、クフナウルゲンチの観光。あまりの寒さに車から降りては写真を撮ってすぐに車に戻るという繰り返し…
    「トレベク・ハニム廟」

    トレベク・ハニム廟
    中央アジアで最も高い「クトゥルグ・チムール・ミナレット」

    クトゥルグ・チムール・ミナレット
    その後、ひたすら地獄の門のあるダルヴァザを目指します。
    しかしこの道がひどい悪路、舗装した道路が傷んでいて、場所によっては路肩の未舗装の道の方を選びながら4WDで進みます。かつて訪れたケニアのイタリアンロードを思い出しました。(ここは第2次大戦中、イタリア兵が作った道を今でも使っているため、同じようにひどい道でした・・・)
    ラクダも飛び出してくるので注意!

    ラクダの標識 ダルヴァザのラクダ

    さてクフナウルゲンチから悪路を走ること約2時間半、日も暮れた頃に舗装路から砂漠の中へ車が入り、そしてしばらくするといきなり現れる地獄の門!
    地獄の門
    日没後の薄明かりの中、燃えるクレーター、寒さに震える私には巨大なストーブのようでした。
    地獄の門と月

    地獄の門
    そこにはまたしても先を越された例の中国人の団体!彼らは大はしゃぎで写真を撮りあっていました。

    10月半ば以降、寒くなるとこのダルヴァザのテント泊は、遊牧民の大きな天幕・ユルタに泊まるようになります。指示されたユルタに行くと、国境で会った日本人女性2人組がいて、聞けば16時にはこちらに着いたとのこと。夕食はこの同じユルタ内でのバーベキューディナーでした。
    ユルタ内でのバーベキューディナー
    外はマイナス6℃!とても寒かったですが、それでも眠るためにビールを注文!

    トルクメニスタンのビール

    食後、スタッフによって食事のデーブルと椅子が片付けられ、ユルタ内に1人用のテントが張られ、寝袋が2枚提供されました。そして9時頃、突然消灯。
    同じユルタ内にはストーブ番のおじさんがいて、夜を徹して定期的にストーブのオイルを足してくれていました。
    深夜3時に目が覚めて、外のトイレに出たら、残念ながら空は曇っていて星は見えませんでした、が辺りは白く霞み、その闇の中に地獄の門のオレンジの炎が浮かんでいて幻想的でした。

     

  • <4日目>

    朝6時、ストーブ番のおじさんが外に出て朝食の支度を始めました。そしてユルタ内のテントを片付け、また食事用のテーブルと椅子がセッティングされ、7時から朝食を取りました。
    朝食
    ここに住む名物犬「ホワイトキングくん」とガイドのヤナさん

    ホワイトキングくんとガイドのヤナさん

    8時半、地獄の門ともお別れです。出発してすぐに、近くの小さいクレーターを2つ見ました。ひとつはミニ地獄の門、もうひとつは水のクレーターです。
    ミニ地獄の門

    ミニ地獄の門

    その後、4WD車でひたすら一路首都アシハバードを目指します。
    走ること約3時間半、首都アシハバードに入る前に洗車場に立ち寄ります。これは汚れた車で首都を走ると警官に咎められ5ドルほどの罰金を課せられるというトルクメニスタンの法律のためです。そのため、街の手前に広大な洗車場があり、係員が次々に高圧洗浄機で洗車をしていました。
    アシハバード洗車場

    1時間弱で洗車を終え、いよいよ首都アシハバードへ。
    いきなり気味が悪いほど整然とした街並みで、民家の屋根は国のカラー・緑に、建物の色は白に統一されており、大して車も走っていないのに道路は片道6車線以上ありました。街路樹は青々としていてきれいに刈り込まれており、雑草などは見当たりませんでした。
    アシハバード
    また官庁はその建物の形がそれぞれその目的を表しており、例えば通信省は電話の形、教育省は本の形のビルでした。

    昼食後、アシハバード市内観光へ。
    世界遺産の「ニサ遺跡」

    ニサ遺跡
    「永世中立の塔」

    永世中立の塔
    塔の上には初代大統領の黄金の像があり、かつては24時間に1回廻っていました

  • <5日目>

    早朝4時30分、ホテルを出発。日の出前の闇の中、ライトアップされたビルや広告の看板、大統領の姿の画像の巨大な液晶画面など、無駄にギラギラとネオンが輝く静まり返った街を空港へ向かいます。
    ホテルのロビーにも大統領の肖像画

    ウズベキスタンホテルロビー
    町中の液晶画面 大統領は犬と馬がお好き

    ウズベキスタン液晶画面
    ちなみに犬はロシアのプーチン大統領にも贈られたアラバイ犬、馬は国章にもなっているアハルテケ種

    そしてガイドのヤナさんとともに国内線でウズベキスタンとの国境に近い山に囲まれた街・トルクメナバードへ。
    新たなセダン車が出迎えてくれました。
    まず空港近くのホテルのレストランで腹ごしらえ。
    9時前、ホテルを出発。しばらくするとアムダリア川を渡ります。河川敷はとても広く、橋は非常に長いが、実際の川幅はとても狭い。後で聞いた話によると、上流のウズベキスタンで農業用水にとして使われ、水が枯れてしまっているのだということでした。

    9時過ぎ、川を渡るとすぐに最初の国境の検問。ここではパスポートチェックのみで、さらに車で進むと小さな事務所があり、ガイドのヤナさんが手続きをしてくれました。
    専用車のドライバーさんとはここでお別れし、国境移動のシャトルバスを待ちます。
    ほとんどがトルクメニスタン人と思われる中、観光客は私以外に2人のバックパッカーがいて、2人ともイランからトルクメニスタンに入ったと言います。
    チェコのプラハから来たという男性は3ヶ月の旅行中で、ウズベキスタンの後アゼルバイジャンへ抜け帰国。もう1人の中国の女性は1年に渡る旅行中で、ウズベキスタンの後はタジキスタンへ入り、その後ウルムチから中国に戻るそうです。
    さて20分ほど待ったところでやって来たシャトルバスは、これまたとてつもなく古い10人乗りほどのミニバスに荷物車を引かせたもので、やはり観光客が優先で荷物を載せ、ガイドのヤナさんとともに乗り込みました。
    1kmほど走るとトルクメニスタン側の国境事務所に到着。しばらく待たされましたが、ヤナさんの知り合いの窓口に横入りさせてもらい手続き完了。そして再びシャトルバスを待ちます。
    やはり20分ほど待ったところで、やって来たのは先ほどと同じタイプのシャトルバス。ここでガイドのヤナさんとはお別れです。ありがとう、ヤナさん!また会いましょう!
    さらに1kmほど走り、ようやくウズベキスタンに入ります。しかし移動途中で荷物車から振り落とされる荷物もありびっくり。私たち観光客の荷物は例によって先に積まれていて無事でしたが・・・
    シャトルバスを降り、待ち構えていた国境の兵士にパスポートを見せると、明るく「Wellcome to Uzbekistan!」と迎えてくれました。
    そこから200mほど歩いたところで、再びシャトルバスを待ちます。シャトルバスはこれがラストとヤナさんは言っていましたが、ウズベキスタン側でもう1本あったのです。これでさらに1kmほど進むとウズベキスタン側の国境事務所に着きました。
    ここで荷物検査とパスポートコントロールを受けます。
    女性の係員が「タシケントに行くのか?」と尋ねるので「ブハラへ行く」と答えると「なぜだ?」と詰め寄るので私は「観光だ」と答えました。向こうは納得いかない様子でしたが、無事放免されました。しかしなぜ彼女はそこにそれほど拘わったのでしょう。
    そこから200mほど歩くと門があり、何人かの人がいて、車も何台か停まっていましたが、ウズベキスタンのガイド・ゴリブさんの姿は見えませんでした。
    おやおや仕方がない、電話で呼ぶしかないか、と思いながらスマホが使えるか心配しつつ歩いていると、そこに奥から1台の車が近づいてきて停まり、降りてきたゴリブさんの姿を見て、ようやくウズベキスタンに戻ってきたとほっとしました…
    この時、10:40でした。つまり国境通過に約1時間半掛かったことになります。

    ちなみにトルクメニスタンはトヨタ車ばかりでしたが、再びシボレー車ばかりの世界へ。ドライバーは制限時速70kmを厳守。静かに穏やかに車はブハラへ向けて進みます。
    2時間後、ブハラに到着し、ホテル「マリカ」にチェックイン。「マリカ」はブハラの旧市街の中心にあり、どこへ行くのもとても便利です。
    ホテルマリカ
    とりあえず荷物を置いて、歩いてレストラン「ミンジファ」へ。
    ここは屋上にテラス席があり、眺めも良く夏は大そう賑わうそうです。既に日本人の団体客がいて、私を見て「日本人よ」と言うのが聞こえました。料理はとても美味しそうなのですが残念ながら食欲がなく、かなり残してしまいました。
    食後も頭痛と悪寒がするので、午後の観光はパスして、ホテルの部屋で寝ていました。どうもトルクメニスタンの毒気にあてられたようです。
    夕食も何も食べられないと思っていましたが、ガイドのゴリブさんに勧められたウォッカを飲んだら体が温まり、少しずつ食べることができました。
    ホテルへの帰り道、ライトアップされたカラーンミナレットを見ました。
    カラーンミナレット

  • <6日目>

    ブハラ2日目。まだ腹の調子が良くありませんでした。ゴリブさんに「時々トイレに寄りたくなるかも」と最初に宣言しましたが、結果的には意外と持ちこたえました。
    ブハラの観光は旧市街から車で西の郊外へ向かい、そこから徒歩で観光をしながら旧市街の中心に向かいます。
    車を降りると、小さな遊園地がありました。このイスチロハット公園の遊園地は、子供たちを観光客のいる旧市街から離れさせるために、ウズベキスタンの現大統領の発案でこの郊外に作られたとのことです。
    ウズベキスタンのミッキーとマック!?

    ウズベキスタンのミッキー ウズベキスタンのマック

    観光はこの公園にある中央アジアに現存する最古のイスラム建築、イスマイル・サマニ廟からスタート。
    イスマイル・サマニ廟
    「アルク城」

    アルク城
    「カラーンモスクとミナレット」

    カラーンモスクとミナレット
    「ナディールディヴァンベギハナカ」前を歩く結婚式のカップル

    ナディールディヴァンベギハナカ
    「ラビハウズ」

    ラビハウズ

    ガイドのゴリブさんが気を遣ってくれているのがよくわかり、とてもありがたかったです。
    無事ブハラの観光を終え、午後ブハラ駅へ。
    ウズベキスタンの超特急「アフロシャブ号」でサマルカンドへ向かいます。
    アフロシャブ号

    このアフロシャブ号、スペインの超特急AVEと同じスペイン製の車両です。ちなみに早朝の列車では軽食とお茶が出るそうです。
    オフシーズンに入ったからか、周りはビジネスマンのような現地の人ばかりでした。
    車内には走行時速を表示する液晶のモニターがありました。見るとブハラから次の停車駅ナヴォイまでは最高時速160km、ナヴォイからサマルカンドまでは230kmでした。
    アフロシャブ号モニター
    1時間40分ほどで夕暮れの青の都サマルカンドに到着。
    駅の出口は1ヶ所で、出たところでドライバーが何人も待っていて、私のネームプレートを持ったドライバーを探しますが、すぐに見つかりました。
    いよいよサマルカンドにやって来ました。車で30分弱、ホテル・シティに到着。比較的立地の良い、明るいホテルでした。

  • <7日目>

    朝9時から見所いっぱいのサマルカンドの観光へ出かけました。
    まずは市民の台所、シアブバザールへ。その活気には驚かされました。ちょうどこの時期が旬の赤く熟れた大きなザクロがあちらこちらに並べられていました。
    私も海外のバザールをいろいろ見てきましたが、これほど商品が整然と並べられているバザールは見たことがありません。これも国民性なのでしょうか。もしかすると繊細な日本人にも通じる気質のように思いました。
    きれいに並べられた種類も豊富な野菜

    ウズベキスタンバザール
    同じくきれいにパックされた種類も豊富な香辛料

    ウズベキスタンバザール
    ガイドのゴリブさん

    ガイドのゴリブさん
    午後はウルグベク天文台、アフロシャブ博物館、そして夕暮れのシャヒージンダ廟を巡りました。
    夕食はウズベキスタンの家庭料理をご馳走になることに。サマルカンドは中心部を少し外れると道路にも街灯がなく、真っ暗な道をしばらく行くと郊外の大きなお宅に着きました。
    実はここ、現地手配会社の元ドライバーさんのお宅で、今はこのように家族でお客様をもてなしているのだそうです。
    お食事はどれも心のこもった手作りで、素朴な味わいでとても美味しかったです。

  • <8日目>

    出発してからはや1週間。早いもので旅行も最終日です。
    朝8時、車でサマルカンドからタシケントへ向かいます。
    車窓からはコウノトリの巣が見えました。
    コウノトリの巣
    またガイドのゴリブさんが途中車を停めてくれて、道端の売店でリンゴや小さな白い球状のクルトを買ってくれました。クルトはヨーグルトを乾燥させて固めたお菓子(?)で、予想に反して少し酸味のある塩味で、口の中で舐めていると溶けていきます。

    そうして4時間半のドライブで、首都タシケントへ到着。まずは日本人墓地へ。
    日本人墓地を見学する前に、すぐ近くにある資料館に立ち寄りました。
    この資料館を作った館長のジャリル・スルタノフさんが熱心に案内をしてくれました。なんとこの方が私費でこの資料館を運営されているとお聞きし、日本人として本当にありがたいと思いました。
    熱心に語るジャリルさん

    ジャリルさん

    第2次世界大戦後、ソ連に抑留されこの地で強制労働をさせられた旧日本兵が作ったハサミやテーブル、彼らが描いた油絵などが展示されていました。いかに一般市民が、才能があり将来のある若者たちが戦争に巻き込まれていたのかを実感するとともに、とても技術力が高く、力を合わせて創意工夫をしていた私たちの先人たちを誇らしく思いました。
    ジャリルさんが、彼が製作した記録映画を観てくれと言うので、2階で全編50分のうち時間がないので15分だけ観させていただくことに。日本人抑留者の働きぶりなどを語る、その当時を知るウズベキスタンの人々のインタビューには思わず泣けてきました。

    なおジャリルさんから、ここに来る日本人観光客が皆持っているガイドブック「地球の歩き方」のこの資料館の紹介箇所への不満を伺いました。まずこの資料館の案内文の下になぜかテレビ塔の写真が入っているため、ここを訪れようとする人たちが迷うことが多いそうです。また以前は寄付を置いていってくれる人が多くいたそうですが、今はこのガイドブックに「入館無料」と記載があるためにすっかりいなくなったそうです。ぜひここを訪れる方には気持ちで寄付をお渡しいただきたいです。

    その後、日本人墓地をお参りし、チョルスー・バザールへ。
    大きな青いドームの中の屋内バザールは、サマルカンドのシアブバザール以上に整然としています。
    チョルスー駅から地下鉄に乗り、一度乗り換えをしてムスタキリク・マイドニ駅で下車。
    ウズベキスタンの地下鉄駅はおしゃれ

    ウズベキスタンの地下鉄駅 ウズベキスタンの地下鉄駅

    ここからムスタキリク(独立)広場沿いに歩いて約10分、ナヴォイ劇場に着きました。
    ナヴォイ劇場
    ここは先ほど資料館で見たのと同様に旧日本兵などの抑留者が強制労働で造らされた劇場です。過去の大地震でもびくともしなかったこの頑丈かつ繊細で美しい仕事振りに、厳しい環境の中で手を抜かずにやり切った先人たちをここでも誇りに思いました。
    最後に駆け足で「ウズベキスタン歴史博物館」を巡りました。非常に見ごたえのある博物館で、特に表情豊かな仏像は必見です。
    ウズベキスタン歴史博物館 ウズベキスタン歴史博物館

    夜、慌ただしくタシケント空港へ。この旅行の最初から最後までお世話になったガイドのゴリブさんともついにお別れです。彼は筑波大学に留学した経験にとても感謝をしていて、スザニ刺繍で有名なウルグット出身の彼は地元の若者が日本に留学するお手伝いも無償でしていると言っていました。
    また会える日を楽しみに握手をして別れました。

    夜発ったフライトは朝、ソウル仁川空港に到着。
    行きと同様、とても便利な空港で小一時間休憩を取り、帰国の途に就きました。

    中央アジアの人々はとても親日的です。
    見所が多いのはもちろんですが、現地の人々との触れ合いがきっと旅の一番の思い出に残ると思います。ぜひ一度訪ねてみてください。

    (ツアー実施時期:2019年11月)

    ご案内をしたツアーはこちら

    ≪全送迎・朝食付≫驚異の絶景・炎の「地獄の門」とヒワ・ブハラ・サマルカンド・クフナウルゲンチ☆4つの世界遺産を訪ねる☆ウズベキスタン&トルクメニスタン中央アジア2ヶ国周遊9日間♪≪専任ガイド同行≫ (コースコード TASTURJS2KE9)